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なぜ男はおっぱいというものに興奮するのかと言えば、そのように規定されているからであり、それは自分自身の意思ではどうにもできない水準のものである。なぜそのように規定されているかと言うと、言わずもがな子孫繁栄のためであり、おっぱいを媒体として女性に興味を持つためである。しかし現代になっておっぱいの持つ意味や価値が大きく変容しつつある。

昔はおっぱいそのものには価値がなく、その背後にある女性という主体に価値が存在していたのだが、現代ではおっぱいそのものに価値が発生するようになってきており、その主体である女性の疎外化が進んでいる。つまり、男性はおっぱいそのものに価値を見出したことにより、おっぱいだけで満足するようになり、おっぱいと女性を別のものとして考えるようになった。

それは必要性からの欲望の乖離、つまり女性という主体が必要なくなり、おっぱい単体での価値が消費されていくのである。これはおっぱいだけでなく現代の様々なものに対して、同様に見られる現象である。この現象はいわば、現代社会の象徴的な現象であり、社会システムの大きな変化でもある。このおっぱいのみで成立する価値は、おっぱいという単位に収まらず、貧乳や巨乳などの細かい分類によって分けれらていく。
そして、おっぱいそのものに価値を見出すことによって、ネット上での画像や二次元などのリアルでないものの普及、発展に繋がっていく。これらの欲求はネットの発展を大いに助けたし、今でもネットの全回線の50%はエロ目的で使用されている。つまり、おっぱいへの欲求がここまでネットを発展させたと言っても過言ではなく、今のネット社会の起源にはおっぱいそのものへの価値を見出したことがあるのだ。

草食系男子の増加という現象もこのおっぱい理論で説明できる。いまやネットなどで簡単におっぱいが消費できる社会であり、二次元などもおっぱい同様にそれ自体に価値を持ち、消費されてきた。このように、欲求を簡単かつ、自己で解決できる状況では、手に入れるにはある意味困難を極める女性という主体の必要性がなくなり、主体への興味を失ってしまったのだ。

では、これから我々の生きる社会でおっぱいという存在はどのような変貌を遂げていくのだろうか?その変化を注視する必要がある。なぜならおっぱいへの欲求というものは、人間の基本的な欲求の一つである性欲によって構成されており、それを研究することで人間の無意識の水準の動向まで分析でき、上記のように現代社会の分析にまで応用することが可能なのである。現代のような消費化社会では、ますますおっぱいの研究が重要になってきているが、どうしてもエロというものに結びつき、それが嫌悪されてしまうため大々的には研究活動ができない状況である。しかし、低成長時代に突入し混沌とした社会の中で、社会を分析し、どのように対応していかなければいけないのかという研究の必要性が高まる中、おっぱいの研究は無視できないものになるであろう。

これらおっぱいの研究を「おっぱい学」と名付け、早急に研究機関を作るべきである。そして私はおっぱい学の第一人者として、おっぱいの頂点に君臨するのである。
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